saitou_ken_monogatari
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字の蓄積と併走する形で進展してきている。戦後60年間にわたって地域開発の基本だった「国土の均衡ある発展」という基本哲学でさえ見直しが迫られる事態だと思う。日本社会を下支えしてきた社会保障の将来も危うさを増し、教育も立て直しが必要になってきている。おそらくこれから10年ぐらいの間に日本がおこなう決断というものが、この国の将来、国民の運命にとって重大なものになる、そういう時代認識を斎藤は持っている。そういう意味では、今こそ政治の出番だ。だからこそ政治を志そうと決意したのである。次に、政治は優しくなければならないと思う。この世から不条理を全て取り去ることはできない。自分の責任ではないのに不幸に会い、生活すら成り立たないという方々に対してどれだけのことができるか、これが社会の進歩を計る一つの物差しだと思う。もちろん、政治や行政がすべてを賄うということではなくて、ボランティアやNPOの人たちとも共闘して、社会を下支えしてゆく仕組みを作るということも含めて政治の責任だと思う。同時に、努力する人間が正当に報われる社会の実現に向けて前進してゆくことも政治の大きな役割だと思う。この点、米国留学中に考えさせられたことがある。日本では、足の遅い児童を傷つけてはいけないということで、徒競走で順位を付けないということがおこなわれている学校もあるようだが、この話をアメリカ人の友人に話すと、米国ではこうだと言う。足の速い子は、その限りにおいてはやはり偉い、そして、足の遅い子を助けてあげたら、もっと偉いと。こういう話であれば、速く走ろうと努力した子が報われ、さらにみんなのために貢献しようという気になる。なかなかうまい言い方である。米国25さいとう健けん物語

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